神戸の映画館でチラシを目にしたのは暑かった夏が終わる頃だったか。思わず手に取り、これは絶対に見に行かなければならない作品だと心にメモした。塚本晋也監督の最新作『斬、』。初の時代劇だ。若手俳優の中でも圧倒的な存在感で注目される池松壮亮が、一方向から差し込む青白い光の中でまっすぐにこちらを見つめている。視線の先に何を見ているのか? ひたと見据える視線の強さは何を訴えているのか――。
今回も塚本監督は、監督だけでなく脚本・撮影・編集・製作も手掛け、澤村次郎左衛門の役で俳優も務めている。公開前に大阪を訪れた塚本監督に話を聴いた。
「最初は“一本の刀を過剰なまでに見つめ続ける浪人”というワンアイデアだけで、後は何もなかった。そういう映画がいいな、と長いことずっと思っていたんですが、実現させるまでにはいかず、心の中に留め置いていました」
戦争がもたらす極限の恐怖を見事に描き出して大ヒットした前作の『野火』(2014年公開、原作・大岡昇平)のあと、全く違う映画を作りたいと思っていたそうだ。
「『野火』は戦後70年に向けてという、明確な意図をもって作った作品でした。戦争を体感した人は皆『二度と嫌だ』と言う。戦後70年になると、20歳でフィリピンへ行って戦争をした人は90歳。だんだんいなくなってしまう。すると、戦争を痛みで知らない人たちから『やっぱり戦争をやりたい』という声が鎌首をもたげてくる。とりあえずお金が儲かったりするんでね。そういう感じが濃厚になってくる中で『そうじゃないだろ』と作った作品が『野火』でした。たくさんの人に見ていただけて良かったなと思っていたんですが、世の中は一向に変わらないどころか、ますますはっきりと戦争ができる国へと舵を切っちゃっている。そのあまりな有様に僕は、悲鳴を上げたいような気分になって、その悲鳴と“一本の刀を過剰なまでに見つめ続ける浪人”というアイデアがピュッと合わさって、自然に生まれちゃった作品が『斬、』なんです」
舞台は江戸時代末期、江戸近郊の農村だ。「250年間も戦がなかった江戸末期と、70年以上戦争がない今の時代は非常に似ていると思う」と、塚本監督は話す。「江戸時代はペリーが来て開国を迫られ、国内がわさわさして血なまぐさくなって、やがて内戦が起こり、時代は明治へと変わったが、世界規模のもっと巨大な戦争に巻き込まれていった。その感じが、まさに今の時代にかぶっている。それをシンクロさせて描くことで、過去に起こったことは現代にも起こると強く予感してもらえるのではないか」
「戦がない時代、人を斬る道具である刀を持つ武士も貧窮して、多くの人が浪人という身分になった。テレビでよく出るのは笠張りの内職をして食べている姿だが、時代考証の先生に聞くと、農家の手伝いをしながら食べている人も結構いたそうです」。池松壮亮演じる都築杢之進も、農家を手伝う浪人として登場する。杢之進が暮らす平和な農村にある日、異分子たちがやって来る。
一人は塚本監督演じる澤村。時代が変わる危機感を持ち、志のある人物を集めようとする。「澤村は、よく時代劇で見るまっとうな人。乱暴なぐらいに活躍してヒーローになってしまう人ですが、今の僕が嫌だなと思っている大人の代表イメージになってしまった。一見礼儀正しく優しく、大義名分を掲げて正しいことを主張する。本人はそんな自分のあり方を微塵も疑っていないし、悪人のつもりもない」。もう一つの異分子は、食い詰めた浪人たちのグループだ。親玉の源田瀬左衛門を演じるのは塚本監督作品3作目となる中村達也。「中村さんたちは恐ろしげな隣国のイメージ。確かに悪いこともしているが、その悪さに対して恐れおののいて、こちらが働く暴力はちょっと極端すぎるほど大きくなっていないか」
不穏な空気の中で、民衆の願いに適うように立ち働く人物が現れ、暴力の連鎖が起こっていく……。
キャスティングは「まず池松壮亮ありき」だったという。「池松さんは今の若い人の感性を体全体から漂わせている。そういう若い人が江戸時代に行くことによって、江戸時代が遠い昔にあるのではなくて、今現在すぐそこにあるように見せたかった」
農家の娘ゆうを演じるのは蒼井優。「蒼井さんはプロットを書いてから、この難しい役をどなたがやってくださるだろうと考えてオファーした。ゆうの役柄は僕の中では民衆のシンボル。自分の親しい人が戦争に行くのは嫌だ。悲しいし、心配だ。一方で、怖い人が現れたら『やっつけてほしい』とシンプルに思うし、やっつけてくれると『わーい』と単純に喜んだりもする。でも喜んじゃっていいのかなという気持ちもある。一人の女の人の中に多面的な顔がある。そうした演技プランも蒼井さんが自分で決めました。脚本を読んだ時に、普段は自分の中で一本化して整合性を作っていくもののようですが、これは整合は無理だ、いろんな表情を出すことに決めた、と」
剣術のうまい杢之進にあこがれる、ゆうの弟・市助を演じるのは、オーディションで抜擢された大阪出身の前田隆成。塚本監督は「多くの人に見てもらいたい。特に主人公と同じような若い人に見てもらいたい。この映画を見て、居心地の悪さを味わってほしい。なぜ居心地が悪いのかも、ゆっくり考えてほしい」と結んだ。
【公開&舞台挨拶情報】関西圏での公開は12月1日(土)から下記4劇場で。塚本監督の舞台挨拶が、シネ・リーブル梅田で1日10時20分の回上映後、京都シネマで14時の回上映後、布施ラインシネマで18時15分の回上映後。シネ・リーブル神戸では翌2日(日)10時の回上映後に行われる。